バーチャルネット右翼きも19歳
CGを勉強してる男の子です。2年を越えるお芋の国での防人を経てようやく東亜に帰国出来きました。座右の銘は「来世に期待age」です。ちょっとシャイで人間の屑の気がありますがみんな仲良くしてあげてください。
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ナルトは依然として神モード
人の歴史ってのは戦争の歴史であって、それは同じ民族であっても繰り広げられる。
武器や交通が科学の進歩と共に発展し、同じ民族同士の争いから他の民族に戦争は移る。
歴史上の英雄が幾度も国を統一するけども、それは長くは続かない。
歴代王朝は何百年も持たず最後は腐敗を起こし崩壊、また戦争が始まる。
でもって武器は核兵器という究極的な所までたどり着いて戦争の頻度は激減。
核の抑止力っていう変な力の基に世界は偽りの平穏の時代に突入。

でも小規模の戦争はまだ続いている。
その戦いは核抜きでという奇妙なルールでお互いが潰し合われる。
殺し合いが行われてるのにその中には暗黙のルールがあったりする。

そんな人の争いの歴史の流れの中で今我々がいるのが現在。
ほとんどの現代を生きる人は今を点で捕らえてるけども本当は線の中の歴史的稀有な戦争lessな時代にいるだけなのだ。

人ってのは本質的にはお互いに憎しみあい、でもってそこで愛が生まれ、ついでに憎しみが生まれ、それが小規模であれ大規模であれ延々と繰り返されている。

そんな中、今週間少年漫画で日本二位の人気を誇るナルトという漫画でそんな世界、いや人間の普遍的な要素を描いている。
これは凄い、本当に凄いと思う。

かつてドラゴンボールでフリーザが出てきたとき、少年漫画に衝撃が走った。
ただそれは、その強さや悪さの象徴みたいな物に衝撃が走っただけだった。

ハンターハンターで王が出てきた時も衝撃が走ったけども、あれも違う。
あれはコムギと王やピトーや、それを戦う主人公ゴンらの感情描写の移り変わりの芸術的な美しさに衝撃が走っただけだった。

ナルトのペインは違う。
この現代を、人間の普遍性や憎しみといった物から必然的に生まれたボスだからおいらに衝撃が走った。
ペインは言う。これからも人の憎しみが連鎖されると、自分のする事はその憎しみの連鎖を一時的でも力で食い止める事だ、それが彼の望む平和だと言う。
じゃあ、我々人はどうなんだろう、この核の抑止力の下で、いったい日本はどう向かっているんだろう、世界は、アメリカや中国はどう向かっていくんだろうか。

自来也先生の言葉が身にしみる。
「だがのォ…こんなワシでもこの忍の世に憎しみがはびこっているのは分かる。」
「その憎しみをどうにかしたいと思っとるんだが、どうしたらいいのかワシにもまだ分からん…だがいつかは……人が本当の意味で理解し合える時代が来るとワシは信じとる」
「……思い返せばワシの物語は失敗ばかりだった……綱手にフラれ続け、友を止めることも出来ず、弟子と師を守ることも出来なかった……火影たちが成した偉業に比べればワシのしてきたことは取るに足らぬくだらぬことばかり……」

どうもメタルギアソリッドも似たような物を描いてるそうなんだが俺は全然わからなかった、描写のせいなんだろうか、台詞のせいなんだろうか、リアル系だからだろうか、ゲームだからだろうか、押し付けられてる感があるからなんだろうか。
いったい何が違うんだろうと考えずにはいられない。
原因はまだわからんまま。
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ららび
何か洋書でX-BOX 360のCPUとCELLのCPUを設計したとかいうおっちゃんの本読んだ。

X-BOX360をIBMに委託したのはX-BOXでシュリンクがうまくいかなかったから。
一方で自前でプロセッサを組んでたPS2は何度もシュリンクに成功し莫大な値下げを得た。

なんというか前にSCEIがコンシューマー機のCPU選定で悩んでいるみたいな記事が出てたけどそら悩むだろうなあと。個人的にはまあ何でもいいと思うけどね。RSXをもうちょいまともなのにして、SPEの数そのままで19800円で出すのが一番いい気がするけど。

ららびは個人的には面白いと思うんだけども負の遺産が多すぎる。

歴史的な経緯から見ると、まだラスタライズの決定版アルゴリズムが決まってない10年近い前の三次元映像戦国時代、まだ、Z-sortなんかも元気だったけども、その中でどうもZ-bufferが最強そうな気がするという事でnVidiaとATIがOpenGLやDirectXという便利な媒介を使って、独自の拡張性やシェーダー数や浮動少数精度や影生成やアンチエイリアスのみを違いにしてGPUという文化をありえないペースで高めてきた。んでもってそれにゾッコンだったゲームのグラフィックスってのはここ数年で最も進化し、自然とゲームはグラフィックス至上主義となり、膨れ上がった開発費とそれに背反するように中身スカスカのゲームが乱発されゲーム業界は滅ぼされかけた。

そういう話がだいぶオープンに議論されるようになって、映像を中心としたゲーム展開はある程度自重され、一方で何故か海外ゲームは依然としてノリノリで拡大市場の勢いで広がり、でも結果としてEAやUBIでもクソ赤字というのが現状。

その既に終戦に近いような戦いに今こそ映像に革命を!とか言ってGPUベンダーを潰しにかかってきたのがIntel。まあこれは正直な所やる事がなくなったnVidiaがGPGPUを提唱し、かなりのパフォーマンスをたたき出しかけたのでそうせざるをえなかった所もあるのかも。でもって経営も競争もままならないAMDがATIが連合を組む。

結局彼らがやってる事はレッドオーシャンのど真ん中でさらに悲惨な殺戮や殺し合いを繰り返してるようにしか見えない。これが研究として面白そうだから次はゲームもららびーだとか言ってるなら、個人的にはこんな悲惨な事はないなあと思っていて、歴史ってのは過去から学ぶべきなんだけどもこの歴史ってのは綺麗な区切りみたいなのがなくて、何かが完全に滅ぶまで続けられる永遠の戦いみたいなもんな気がする。で、何が嫌かって僕の大好きなゲーム業界っていう物がその既に死に絶えた戦争に未だ付き合わされているってこと。

ららびはその負の歴史の中で屍と犠牲の果に出来上がった良心とも言っていいOpenGLやDirectXという物をもう一度破壊し、レンダリングにもう一度無限の可能性をとかいうとんでもない奴。OpenCLやCompute Shaderなんかはまだ大人しい存在だけどもいずれ似たような事を言い出す奴ら。別に言う事は悪くないんだけども、それは研究とか遊び程度のモンでやってくれと思う。

付き合わされるのはたまったもんじゃない。




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